ブックスエコーロケーション

「SFとボクらの場所」をテーマにした本屋のブログです。実店舗はありません。開業準備中。

今年(2023年)読んでおもしろかった本

 今年、2023年に読んでおもしろかった本を紹介していきます。今年出版された本ではなくて今年読んだ本というのがポイントなので、わりと評価の定まった本が多いかもしれませんが、自分で見返す記録をかねて読んだ順で書いています。よろしくお願いします。


 まず2023年の、話題作のひとつ『成瀬は天下を取りにいく』とその続編『成瀬は信じた道をいく』です。「成瀬あかり」という最高の主人公を中心とした、コロナ禍の滋賀を舞台にしたローカル小説。彼女を通して見た、なんでもない日常がもうめちゃくちゃまばゆい。何度も胸が苦しくなってわたわたと足踏みしたくなる、大好きな1冊になりました。2024年1月には続編『成瀬は信じた道をいく』も発売予定。こちらも成瀬の活躍が読めるマストな1冊です。


 Apple TV+でドラマ化も報じられたマーサ・ウェルズの『マーダーボット・ダイアリー』シリーズ。今年はじめにおもしろくて、一気に読み進めたシリーズ物。一人称が「弊機」で、人間嫌いの警備ロボットを主人公にした、連続ドラマシリーズ仕立ての、宇宙を舞台にしたテクノスリラーといった感じですいすい読めるし、何より「弊機」のキャラクターがよくて、とても好きになりました。続きが気になるけど、長編は本国で出たばかりで翻訳はきっともうちょっとかかりそうですね。
 Alexander Skarsgård Stars In ‘Murderbot’ Sci-Fi Series Ordered By Apple – Deadline


 読書会で取りあげたニー・ヴォ『塩と運命の皇后』は傑作王朝ファンタジー。歴史を蒐集する聖職者「チー」の立場から見た、隠された世界の奥行きと豊潤さがとても素晴らしく、もっとこの作品にひたっていたくなる1冊でした。言葉遣いもすごくいいし、この世界で生きる女性の力強さや、体制に対する批判的な視点もよくて、もっと別の話を読みたくなりましたね。中編2作は物足りない、となったわけですけど、でもこの長さだからこそ、ちょうどよく理解できたのも、あったかもしれないですね。


 結城充考『アブソルート・コールド』はサイバーパンクSFです。めちゃくちゃおもしろくて、最初読み終わるのをためらってしまいました。著者既作『躯体上の翼』と共通の世界で、現実により近い未来、バイオテック企業が牛耳る高層都市を舞台に、ミステリ的な結構で読ませるサイバーパンクSF。水の合う研ぎ澄まされた文体と、街とテックのディテール、ぐいぐい読ませられるアクションシーンと、キャラクターたちの関わりが本当に愛おしい、傑作SFでした。あと出版の流れを知っているのもあって、読めてよかったという感慨もひとしおでした。


 宮内悠介『ラウリ・クースクを探して』は、最初はエストニアという知らない国の知らない人の伝記なんだな、と俯瞰で読んでいたのだけれど、読み進めていくうちに、だんだん主人公のラウリのことが好きになってきて、そんな彼が民主化ソ連のあいだでふりまわされる様子を心配し、だんだんと現代の彼へと追いついてきて、――「いまここ」に接続されたところで、がつんと殴られた。現実と地続きであるという、この現代性と、歴史と国家に翻弄された名もなき人物を描き出す、厚みと重みがほんとうにさすがの1冊でした。


 小川哲『君が手にするはずだった黄金について』、小説家としていかに数多の「嘘」と向き合っていくのか、この作品は「僕」こと小川哲の痛々しい格闘の軌跡であり、彼の誠実さの発露そのものでした。各編の登場人物の胡乱さと相まってめちゃくちゃおもしろくて、ぐさぐさ刺さる痛い小説だったんですけど、決して嫌いになれない1冊でした。あとTwitter(についての)小説でもありましたね。イベントで直接お話を伺う機会があったのもいい思い出でした。


 サラ・ピンスカー『いずれすべては海の中に』は読書会で取りあげた奇想短篇集です。どの短編もとてもよく、叙情的な奇想SFだったので読んでいて描かれる切実さに何度も胸に来た。特によかったのが「記憶が戻る日」「オープンロードの聖母様」「イッカク」「そして(Nマイナス1)人しかいなくなった」でした。力強さと生々しさが背景から立ち上がってくる作品が多かったのも印象深いですね。


『歌われなかった海賊へ』は、『同志少女よ、敵を撃て』の逢坂冬馬第2作。ナチ・ドイツに反抗した少年少女「エーデルヴァイス海賊団」の物語であり、歴史に埋もれていく無名の人々の語られなかった/抹消されてしまった想いや誇りを描き出した大傑作。翻って自分ならどうするのか、こんなふうに振る舞うことができるのか――濃淡のどこに自分がいて、「いまの自分」はどこにいるのかを切実に問いかける作品となっていました。


 第7回ハヤカワSFコンテストで〈優秀賞〉を受賞した春暮康一の第2作品集『法治の獣』。そもそも海外SFをそんなに読めていないことを含めての発言と思っていただきたいんですが、この作品の読み心地が上質な翻訳SFを読んでる時のそれで、終始すごいすごいこれってなってました。3篇ともに異種知性とのファーストコンタクトを描いた知的興奮にあふれるSFで、昨年(2022)のベストSF1位も大納得の1冊でした。


 というわけで、今年読んでおもしろかった本をまとめてみました。どこかに書いた感想をまとめるだけだったはずなのに、思ったより書く時間がかかってびっくりしています。あと来年はもうちょっとSFを読んでいきたいなと思いました。