すべてはゼロから始めるために

小説家志望の雑記です。

山田詠美『風味絶佳』

風味絶佳 (文春文庫)

風味絶佳 (文春文庫)

 ものすっごく上手な恋愛小説集で、なんだか知れないけれど読みながらとてもほっとした。読んでいて、とてもおいしいものを一粒一粒ゆっくりと口に運んでいった後のような、そういう満足感にあふれた短編集だった。おいしいとわかっているものをおいしいよねぇこれほんとおいしい、と頷きながら食べる、そういう安心感があったのだ。「間食」の「変人扱いされているけれども、物怖じしないし、人当たりも良い。自分が周囲にどう思われているかなど、一向に意に介さないというように行動している」サブキャラ・寺内の、その立ち方。「夕餉」のふたりの出会い(なんてチープな言い方!)。「風味絶佳」の殴られた志郎がグランマの必需品に手を貸してもらって立ちあがる「親切」なシーン。「海の庭」の冒頭の淫靡な会話シーン。「アトリエ」のどろどろした昏さ。「春眠」の父の生き方。そいった部分でなにがしかの小説の力、なんて便利な、しかしそうとしか言いようのないエネルギーを、確かに感じたのだ。
 また恋愛小説集でありながら、マイナー職業小説集でもあるこの作品が、「変人扱いされているけれども、物怖じしないし、人当たりも良い。自分が周囲にどう思われているかなど、一向に意に介さない」彼らという理想の像を提示してくれたおかげで、おれはやっぱり山田詠美に感謝しなければいけないだろう。ありがとうございます。背筋を伸ばして接客します。