ブックスエコーロケーション

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グレッグ・イーガン『TAP』

TAP (奇想コレクション)

TAP (奇想コレクション)

 脳に作用してあらゆるものを言語で表現することを可能にするインプラント「TAP」。それを使用していた世界最高の詩人が謎の死を遂げた。詩人の娘から事件の究明を依頼された私立探偵は捜査に乗り出すが……表題作「TAP」、イーガンの科学的世界観が明確に刻まれた名作「銀炎」ほか、すべて本邦初訳で贈る全10篇を収録。世界最高のSF作家グレッグ・イーガンの異色傑作選!

 まず謝辞をid:bin-bottleくんに。新年早々社会人からたかれる学生という構図にも関わらず嫌な顔ひとつせずにこいつを譲ってくれて本当にありがとう。とても有意義な読書が、勉強ができたよ。
 全部で10篇の短篇が収録されている奇想コレクション第16回配本で、KASUKAは奇想コレクションすら読むのが初めてで、かつそしておそらくイーガンもハードSFではない短篇しか読んだことがないので「ああ!これだよこれ!こういうSFが読みたかったんだ!」となんか直球ど真ん中の読書体験だった。
 イーガンはただアイデア=テクノロジーをそのままごろっと提示するだけではなくて、そのアイデアから引き起こされる何がしかまでをきちんと考えて描いているのでとても楽しいのだ。それを通して人間とはどんな生き物なのかがわかってくる。この短編集はどちらかというとイーガンの科学的世界観が明確に打ち出された作品が多く収録されているようだった。特にそれが顕著でもっとも面白く感じたのが「銀炎」だった。詩的な病名と、興味深い社会体系に、「目に入るあらゆるものから意味を引き出したり元気をもらったり」する人間との決定的な断絶を描き出していて、HIVのときにもこういうことがあったんだなぁと思いつつ、そうかだからこそ月面に人が立っていないなんてことが信じられてしまうんだなぁと思った。この断絶は俺の選民思想を指摘してくれてよかった。「悪魔の移住」舞城王太郎ばりの饒舌文体が炸裂*1しているけれど圧倒的にロジカルで、そこに込められている批判的な視線は、ただこれから屠殺する動物に勝手に感情移入して泣いてしまうようなそんなストーリーとは一線を画いている。当たり前かもしれないけれど。
 で、ここ最近気がついたことがある。北村薫の短篇に「くらげ」*2というのがあって、これはおもちゃメーカーに務める男が娘のかぶった湯桶から個人用のエアコンを開発するという話なのだけれど、どうやらおれのSFの原体験はここにあるのかもしれない、ということだ。このアイテムは瞬く間に世界を席巻して、お話の最後では彩色されたくらげの足のように長いカーテン付きの湯桶、それをかぶった人々が、人と対面することなく街中を闊歩していく絵で締められていた、と思う。これも結局「くらげ」そのものを描くのではなくて、「くらげ」によってどうなったのか、という部分が重視されていたのではないのかなぁと、だからこそこういう小説がおれは好きになっているのではないのかと思うのだ。

*1:山岸真はこういうのを忠実にやってるのだからすごい。

*2:水に眠る (文春文庫)に収録。