すべてはゼロから始めるために

小説家志望の雑記です。

オタクオタクと言われても大して気にならなかった*1

 ひさしぶりに小説について書く。いまのはおれは、自分がかっこいいと思っているものをかっこよく描き、そいつでもって読者を雪かいていく、という方法をどうあっても採用できなくなっていて、それはまぁ友人が話せる距離にはひとりもいないっていうことが大きいのだろうなぁ、ということだ。
 自分自身がかっこいいと思っているものに対しての同意が得られないと、自分への自信を創出することができない。かつてはサークルの友人や研究室の先輩や先生方がおのれのなにがかしかを相対化/批評/止揚してくれていて、ああ恵まれていたんだなぁといまさらながに思っている。部室でのブレインストーミングや研究室の先輩とのメタのじゃくし会話、先生方の「覚悟とは!!暗闇の荒野に!!進むべき道を切り開くことだッ!」的な説法があった。いまはもうないのか、というかそういうものから卒業したつもりでいて、それがなければなにひとつ書けやしない、ということにいまさらようやく気がついたのだ。そしてそうやってなんとかそういうのを取り戻そうとミクシィってるわけだ。
 昨日おとついと友人カップル(パティシエとパン職人)が遊びに来てくれていろいろ話して飲んで歌ってしたら、ああやっぱりおれってほめられんと先に進めんのだな、と思った。ささいなことだろうけれど、気の利いたことを言って、それでふたりが笑うのを見ているだけでずいぶんと救われたのだ。
 そう結局、そして相変わらず自分を認めてもらうための、手段としての小説だ。となれば仮想敵が必要で、さてその敵を作り出すことが困難なんだよなぁ、学生のころと違って身の丈にあった、わかりやすい「敵」がどっかそこらに転がってないもんかしら。
 それとも……勘違いを煮詰めて突き抜けたさき*1を目指すべきなのか。
 うーむ、どっちつかず。

*1:平野耕太篠房六郎のような。