すべてはゼロから始めるために

小説家志望の雑記です。

ああもうなんだっておれは

 ちくしょーとなる。なんにもわかってねぇよちくしょーとなる。バルガス=リョサ森見登美彦万城目学の冒頭をちょびっとづつ読んだだけで、ああすげぇうめぇと唸って「作者のあざとさ」なんかよりもっといろいろ考えなくちゃいえけねだろおれってほんとなんもわかってねぇよちくしょーとふるえる。なんだろうね、もっと社会にコミットしたような、広い視野と低い視点と反抗の姿勢みたいなものがほしい。読者におもねるって意味じゃない読者に歩み寄れるような、そういうなにかがほしい。ほしい。どんどん自分が磨耗していることを書けない理由にしている自分がちょーいやだ。いやだ。10万近くも戦場の絆に投資してそうやってなにかを回復している気になっているのは全然構わないのだけれど、もっと考えなくちゃいけないのはそのさきになにがあるのかということじゃないのだろうか。そろそろ考えなくちゃいけない。まだまだ全然考えている時間が足りないんだ。

楽園への道 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-2)

楽園への道 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-2)

有頂天家族

有頂天家族

鹿男あをによし

鹿男あをによし


 舞城王太郎の真摯で生真面目で愛にあふれた小説論を、つまり『好き好き大好き超愛してる。』を読み直して、だいぶ作中で触れられている「物語」と「愛」について理解できるというか実感を持って共感できるようになっている。でもそれだって結局「泣くために」小説を読むこととまったく同じことで、おれは「自分の小説について考えるために」小説を読んでいるのだ。ようは、どっちが低レベルかということではなくて、おれはどっちが好きなのか、ということ。もちろん自分大好きなおれは「小説を読んで泣いているおれ」よりかは「小説を読んで小説について考えているおれ」の方がダンチで好きだ。おんなじように「好きな女の子のことで悩んでいるおれ」も、なかなかに捨てがたいとも思っている。いや「女の子との関係を悩んでいるおれ」が正確かもしれないけれども、とにかく小説がおれにとってコミュニケーション・ツールである以上、おれは積極的に語って語り合わなければならない。相手はおんなじ小説を読んでいる友人でなくたっていい。*1小説にむければいいのだ、読んだ考えや思ったことを自分の小説にぶつければいい。よし、やろう。

*1:だからおれは自分が読んだ小説の感想を、他のブログで探すことはしない。前評判を確認することはあっても。なぜならそこには双方向的なやりとりが期待できないからだ。でもそれを期待しすぎているせいで叶った際に舞い上がりすぎてドジを踏んでしまうだろうとも思っている。