すべてはゼロから始めるために

小説家志望の雑記です。

『ララララララララララン』

野性時代 vol.48 (KADOKAWA文芸MOOK 49)

野性時代 vol.48 (KADOKAWA文芸MOOK 49)

 瞬間と瞬間と瞬間のあいだ、永遠が見えるでしょ?
 ティーンエージャーたちは永遠の夏休みを要求し、学校を人質にとる。
「はっきり言いますけど、狂ってるのは町(タウン)のほうですけど?」
 分断された町(タウン)に響き渡る、あの声は――。

 古川日出男が「新境地読切小説」です、でした、うーん、びりびりくるね。
 あいもかわらず緊張感でぎらぎらした文章。ルビ、太字、句読点、ダッシュ、改行、箇条書き、スラッシュ、中黒、括弧、オノマトペ、カタカナ、漢字、ひらがな、外側の説明による中身の描写、それを実に何気なくさりげなくいたるところに、どうやらなんだか論理や理論ではなくて、もっと別の方法で構築されたような、文章。いや、びりびり、くるね。肩の力が抜けて、それでも充実して濃厚な文体意識。これだけで、もうお腹いっぱい。


 提示される物語は、引用箇所にあるとおり。
 永遠のティーンエージャーたらねば、「終わっている」「校外の」、町(タウン)の、「ミュータント化」した大人になってしまう
 安易な解釈だと、思う。
 でも、古川日出男が一貫して提示してきたことが仮にあるのならば、おれはこう書く。
 この物語は決して、成熟の忌避/逃避ではなく、成熟への闘争であると。社会や規範に押し込められることによって歪んでしまわざるを得ないことに対する、闘争であると。開き直りの、だからこそすがすがしい、永遠の夏休みを要求するティーンエージャー
 そして、どうにも薄っぺらいこの、構造を補完する文体。

 物語と文章は不可分であり、分けて考えることが問題です。

 はい、そうです、でした。