ブックスエコーロケーション

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野尻抱介『南極点のピアピア動画』

南極点のピアピア動画 (ハヤカワ文庫JA)

南極点のピアピア動画 (ハヤカワ文庫JA)

 日本の次期月探査計画に関わっていた大学院生・蓮見省一の夢は、彗星が月面に衝突した瞬間に潰え、恋人の奈美までが彼のもとを去った。省一はただ、奈美への愛をボーカロイドの小隅レイに歌わせ、ピアピア動画にアップロードするしかなかった。しかし、月からの放出物が地球に双極ジェットを形成することが判明、ピアピア技術部による“宇宙男プロジェクト”が開始される……。ネットと宇宙開発の未来を描く4篇収録の連作集。

 野尻抱介による初音ミクオマージュSF連作短編集。収録作は「南極点のピアピア動画」「コンビニエンスなピアピア動画」「歌う潜水艦とピアピア動画」「星間文明とピアピア動画」の以上4作。
 どの短篇にも初音ミクとメイカーズ精神とSNSが重要なモチーフとして出てきて、それが思わぬ展開からファーストコンタクトへと繋がっていくその手並みは、読む前にかなり斜に構えていたおれを何度も吹き出し笑ってしまうまでに変えるだけのおもしろさが確かにあったなぁと。いやー、それにしてもこの展開はちょっと想像がつかなかった。でも決して突飛な感じではなくて、それまでちゃんと説得力のある設定とストーリー展開で読ませられたので、ほんとお見逸れしました、という感じだった。発売当初にリアルタイムで読んでいるともしかしたらんなことねぇーよと思ってしまったかもしれない部分も、2013年の今のおれならWIRED.jpや『MAKERS―21世紀の産業革命が始まる』なんかの流行りを知っているのでほうほうそうだよなと納得させられるのだなぁと思った。でも自己増殖する機械工場のくだりはおいおい人類いらねーじゃんとなって、あれおかしいなぁむしろこういうの推進派だったよなおれ、と自問自答してしまった。頭では理解できていても感情的にはまだもしかして納得できていないんだろうか、フムン。
 あとこれはSFセミナー2013の合宿の深夜の時だったと思うのだけれど、おそらくサークルの先輩と思しき人がその後輩に向かって「野尻抱介が人類を信頼して明るい小説を書いていると読むのは読み切れていない」という意味のことを言っていたのが頭のどこかに残っていたのか、今回改めて野尻抱介の小説を読んでみてなるほど確かにそういう部分があるのかなと思った。確かに描かれるのは文化祭準備の明るいノリを突き詰めていった先にある、どこかハイな未来なわけだけれども、その底意にはどこか現生人類への冷めた視線があるのかなと。だってこれって初音ミクの社会拡張性がなければこういう風な未来は描けない、とも読めるわけだよなぁ。
 でも総じていまの現実にかなり地続きに、おもしろおかしく未来を描いていて楽しいSF小説であったなぁと。