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すべてはゼロから始めるために

小説家志望の雑記です。

作者に紐付けされない感想

小説

 けっこう前、後輩に「ブログに小説を貼ると、作者がこういう人だからこういう作品を書いたと思われやすいですから、先輩のことまったく知らない人がいるところで感想を求めてみるといいですよ」と言われたことをずっと憶えておりまして、今回それに挑戦してみました。
 SF系新人賞まとめ Wiki*というサイトに小説をアップしまして、創作文芸板のhttp://toro.2ch.net/test/read.cgi/bun/1330955007/で感想を観測いたしました。
 以下、メモとして転載です。

30 :名無し物書き@推敲中?:2012/03/07(水) 05:00:06.08
落選祭りの感想です。

『アーク・サマー』
アイディアや構成以前に、文章が読み辛かったです。
例えば冒頭だけでも、

>鬱蒼とした木々のアーチの下を、電動バイクが走り抜ける。
>バイクに乗っているのは配達夫姿の少年だ。型式番号N〇一二八、パーソナルネームを伊庭と言った。
>少年の姿を模したヒューマノイドだ。
ナノテクノロジーとバイオテクノロジーと少子化の加速によって誕生したのが、彼ら労働資源としてのヒューマノイドたちだ。

二文目の「バイクに」は不要。
この短さの中に「だ」止めが三度も用いられているのも鬱陶しいです。
「伊庭と言った」という過去形は不自然。
ナノテクノロジーと〜」に関しては、この段階では説明不要。
描写の勢いを削いじゃってます。

31 :名無し物書き@推敲中?:2012/03/07(水) 05:35:38.89
>彼は舗装された山道を中腹にある別荘地へと向けて走っている。
>不意に伊庭はバイクを路肩に駐車し、ヘルメットを脱ぐ。
「へと向けて」、冗長。
「ている」の直後に「不意に」と来られると、引っかかります。
「路肩に駐車」を「不意に」するというのも疑問です。
「不意に」する動作って、もっと単純なものではないでしょうか。
「彼」と表記した直後に「伊庭」と呼ぶのも違和感アリ。
整理した上で一文にまとめた方が良いかと。

>空気に素肌(ナノスキン)を晒して、バイクの給電口から電源ソケットのついたケーブルを伸ばすとその辺りに生えている樹のひとつに突き刺した。
(伊庭の動作)「して」、(モノ)「ついた」、(伊庭の動作)「すると」、(モノ)「ている」、(伊庭の動作)「した」。
ごちゃごちゃし過ぎです。
名詞に対する形容も多過ぎ、かつ、頭でっかち過ぎるかと。
例えば、「その辺りに生えている樹のひとつに」は「手近な樹に」で十分。
あと、ソケットって、受け口ですよね。それを突き刺す、というのはイメージしづらいです。

>給電中を示すポップアップが空中に浮かぶのを確認して、伊庭はいつもの場所に腰を下ろすと、キャンパスを開いて素描を始める。
ここも、「確認して」、「下ろすと」、「開いて」、「始める」。
詰め込み過ぎです。
「伊庭は」という主語も、他に誰もいないのだから不要。

>伊庭は林の切れ目から眼下に覗く風景を、多重現実(オルタナ)のキャンパスに写しとっていく。
またしても、「伊庭は」。
主語は出来る限り削った方が締まります。日本語なんですから。
ついでに言うと、×キャンパス、○キャンバス。

読みにくさ、という点に焦点をしぼって、細かく指摘させていただきました。
アイディアやプロットを練ることも大事だと思いますが、
もう少し文章力を磨かないと、それ以前の段階で読むのをやめられてしまうかも。

あれこれと失礼しました。

33 :とうあさ:2012/03/07(水) 06:49:32.20
>>30,31氏は文章面の助長さを指摘していたけれど文章のリズムが
整っていることもあって読み辛さには繋がらなかったと思う。
特異点+身体性という人工知能テーマに正面から向かい
アンドロイド同士の思いを特異点突破の契機にしたのは良いと思った。
ただし特異点モノとしての弱点も抱えていて
いつ、何が特異点を突破させたのかがわかりづらい。
明確な特異点の内容が設定しきれていなかったのだろうと想像する。
特異点はいつも近い」(ケヴィン・ケリー)ってことかな。
最後の方の会話はどうしても目玉おやじを連想してしまった。

182 :30:2012/03/09(金) 08:23:12.61
あと、シンギュラリティを描けていない、というのは、
特異点きわきわのところと、それ以前、それ以後の差異、
そして、それが何によってなされたか、という決定的な要素が描かれていないからだと思います。
労働資源ではなくなった、とするならば、それは何故か。
少年と少女の交流が〜〜ってことであるなら、あまりにも安っぽいというか、
シンギュラリティって、そういうことではないでしょう、という思いがあります。
単なる被支配階級の自覚と独立の話だったら、SFである必要性もないのでは。
要は、物語の開始時と終了時で、(感情ではなく、テクノロジーという面において)、
主人公なりヒロインなりの「何が」「どう」変わったのかが描けていない。

それとは別に気になったのが、オルタナという多重現実の呼称。
どうしてその呼称に行き着いたのかがわからず、ずっと違和感がありました。

187 :30:2012/03/09(金) 17:48:53.12
>>184
うーん、そうなのでしょうか……。
個人的には、この作品において、どの段階をシンギュラリティといっているのかが本当にわからないんですね。
スタート時点での主人公とヒロインには備わっていなくて、物語中に獲得されたものって何なのでしょうか。
端的に言うと、特異点、スタート時より前に来てない? っていうことなのですが。

 話の流れがわかるようには引用していないのでわかりにくいかもしれませんが、作者の意図を超えた感想が最後の書き込みで見られてひとり「おお!」となっておりました。もちろんおれのことを知らない方々で、たとえば先行作品について説明などは一切しなかったので、いやおもしろかったですし、気がついていなかったことも指摘してもらいました。ただまぁ中にはSF作家目指してるのにシンギュラリティって単語を知らない方もいらっしゃってそれはどうかしらん、とは思いましたが。
 メインアイデアやキャラクターの弱さ、文章の主語の多さなど次作に生かしていきたいですね。