すべてはゼロから始めるために

小説家志望の雑記です。

『ジェノサイド』高野和明

ジェノサイド

ジェノサイド

 急死したはずの父親から送られてきた一通のメール。それがすべての発端だった。創薬化学を専攻する大学院生・古賀研人は、その不可解な遺書を手掛かりに、隠されていた私設実験室に辿り着く。ウイルス学者だった父は、そこで何を研究しようとしていたのか。同じ頃、特殊部隊出身の傭兵、ジョナサン・イエーガーは、難病に冒された息子の治療費を稼ぐため、ある極秘の依頼を引き受けた。暗殺任務と思しき詳細不明の作戦。事前に明かされたのは、「人類全体に奉仕する仕事」ということだけだった。イエーガーは暗殺チームの一員となり、戦争状態にあるコンゴのジャングル地帯に潜入するが――二人の人生が交錯するとき、驚愕の真実が明らかになる。

 営業のSさんに送っていただきました。いつもありがとうございます。今年の本屋大賞はこれで狙っていきたい、とのことですがいやはや、なるほどこれは確かに!と唸らされるすばらしいエンターテイメント小説でした。震災直後の発売とあって当初はゆっくりとした動き方で、でもちゃんと「本の雑誌」には取り上げられておりましたから初回配本分が売り切れてしばらく重版に間があり、そうしてだんだんとパブも増え、「本の雑誌」上半期一位となり、いまでは11万部となっている模様。と書誌的な情報はこのあたりにして。
 本書は、新薬開発の日本パート、特殊作戦を切り盛りするアメリカパート、暗殺任務に赴くコンゴパートと視点が移動し、まったく関わりのない各パートが非常に絶妙に絡み合い、ひとつのエンディングに向かって突き進んでいきます。多くを語ればそれだけでおもしろさを減じてしまうのでこれほど語りづらい小説もないないのですが、冒険小説の要素だけではなくポストヒューマンもののSFとしても非常によくできていました。細部の描写の丁寧な積み重ねが「いまこの現実」と地続きな別世界を見事に描き出しており、特に日本パートでは思わず「うわわ、自分ならこんな状況でどうするだろう」と考えさせられました。そうもちろんおれ自身の問題ではありますが、当初はコンゴパートをわくわくして読んでいたらいつの間にか日本・アメリカパートのほうが面白くなっている不思議。科学とそれを使う人間への視点が、それでも信じたいという希望を願ったものとなっており、おれ自身も素直にそう思わせられました。久しぶりに、こういうタイプの小説が読めてよかったです。正直、SFのアイデアとしては目新しいものではないのだけれど、それもそのはず、この作品はただもうまっすぐにエンターテイメントを志向しています。B級の、しかしハイクオリティのノンストップ・サスペンスを楽しみたいのなら、おすすめです。


 ジャンル読者向けにかなり乱暴に言ってしまえば、伊藤計劃の、いわゆる9.11以後のモチーフを、小川一水のポジティブな科学観を通して、瀬名秀明鈴木光司宮部みゆきを彷彿とさせる筆致と物語運びで描いた、すばらしいエンターテイメント小説というところだろうか。ただここで言っておきたいのは決して『ジェノサイド』はポスト伊藤計劃ではないということだ。似たモチーフを確かに扱ってはいるけれど、その切り取り方や描き方、そして物語の結末は伊藤計劃の問題意識とはまったく別物だった。当たり前だ。その意味で『ジェノサイド』は読んでおもしろかったし、エンタメ小説の描き方としてかなりお手本になる、非常に緻密に組み上げられたSFだったのだけれど、一度読めば充分だな、と思ってしまったことをちゃんと記しておく。何度も読み直し、どうして自分がこんなに切実に駆り立てられるのだろうと自問し、この作品に応えたい、と幾度となく思わせられる、そういうものはなかった。虚空に放たれた拳はぼくを傷つけることなく、充分な手応えとともにミットに収まった。「いいパンチだ、今年の中ではな。でもそれじゃあ偏屈なSF小爺さんは殺せない。さぁ次は本気でこい」

ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)

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