すべてはゼロから始めるために

小説家志望の雑記です。

神林長平『魂の駆動体』

 かつてクルマの時代があった。
 人類が意識だけの存在として仮想空間へと移住し始めた近未来、「私」は確かな生の実感を取り戻すため、友人の子安とともに理想のクルマを設計する。ただ移動することを目的に自動化された自動車ではなく、自ら運転し走ることを目的とした「魂の駆動体」を――機械と人間の関係を追求してきた著者が、「魂の駆動体」たるクルマと自由な精神の開放を謳う傑作SF。

 この作品は近未来の第一部「過去」パート、遠未来の第二部「未来」パート、そして近未来の第三部「現在」によって構成されている。上記の紹介文は端的に全体像を俯瞰したものではあるけれど、第一部にしか触れられていない。第二部は「翼人」が主人公となる。太古に滅んだ人類の文化を研究している過程で第一部での重要なアイテムが化石として発掘され……と、第一部へとつながり、第三部へとつながっていく。
 この本そのものの感想ではないのだけれど読んでいて思ったのが、身体の延長あるいは拡張としてロボットやキャラクターを操るゲームがやりたくなるのは、どこかで自分の身体が鈍っていてうまく動かせないことへの反動のような気がしてならない、ということだ。動くことに対する希求を視覚的に、あるいは操作感で代償するというか。結局ムービーほどに動かせないので面白くなくなるのだけれども。クルマという機械は人間の能力を拡張する。圧倒的な速度感がもたらす高揚は確かに存在する。それは、楽しい、のだ。自分の外側にあるものを自分の一部として生み出し、御す、楽しみ。またそれは「自分で創造したそれは、自分自身を外部に表出したものだ。うまくそれを実現できたクルマを操るというのは自己を確認するに等しい」のだ。クルマを小説に、操るを読むに変えるといまのおれにはすごくわかりやすかった。自己陶冶ということなのだろうな。どこまでおれでどこからがおれではないのか、そういう身体感覚を意識していきたい。

魂の駆動体 (ハヤカワ文庫JA)

魂の駆動体 (ハヤカワ文庫JA)