すべてはゼロから始めるために

小説家志望の雑記です。

メモ2

 けど、とりあえずこの流れを小説で再現する。で、打破してみせる。
 人の脊髄反射や偏見や過信に対してしか反射できないおれも中身がない反射でしかないということ。その反射も一定の中身に基づいている訳ではなく、相対化するためだけの脊髄反射でしかないということ。だからころころと意見が変わるしそれは正直に言えばbotと大差はないように思える。ではおれとbotとの違いは何か……それはおそらく観測装置たる逃れようのない枠組み「身体」の有無ではないのか。ではその身体性とは何なのか。おそらくそれは「痛み」ではないのか。痛みこそが身体をかたどる鋳型になりうるのではないか。そうだ、この世界は苦痛や不快に満ちており、それらを取り除こう/向き合うとする際に、ただ生きるのではなく生き残ることができるようになる=身体性の獲得から現実の再認識へ。
 いま書いているのが上記の流れを肯定的に描いたもの。これから書くであろう小説が上記の流れをどこかで覆すもの。とりあえず両方書いてみよう。
 あとTwitterは自分にとって有意義なポストをメモ代わりに使い、ここにそれをまとめる作業で洗練させるという方向でいきたい。