すべてはゼロから始めるために

小説家志望の雑記です。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破(2009)』


 遊びに来た三代目と観に行った。これでようやくネタばれ感想も気兼ねなく読めるなぁ、と思った。自分なりにかなり意識して情報を入れないようにしていたので、貞本義行の「ぽかぽか」発言だったり、ちよ父の「ビーストモード」の画像だったり、となんかあるんだろうなぁと思いつつ視野に入っちまったなぁともやもやしていた。だからとても楽しみしていた、ということなのだろうと解釈できなくもないのだけれど、実はそうでもなかったのかもしれない。ただどうしたってテレビシリーズと比較してしまうことからは逃れられないのだから、できる限り事前情報からの確認作業をしたくなかったのかもしれない、といまになって思う。
 映画そのものの感想は、次回を待て、ということなのだろうということ。いまの時点で言えることはほとんど作中で回収されていて、それは今回の映画を見ればわかることなんだろうなぁ、ということ。とてもわかりやすく書いてあるのだと思った。ギャグパートや戦闘シーンの緩急のつけた方はとても勉強になったし、食事を通してつながりを描こうとしているところはとてもストレートだけれど、とても効果的だったと思う。なんというか物語に過剰な力みがなくなっているなぁ、と思う。みしっりと力が充填されていて、しっかりと安定している。こうなるよね、という方向へ転がっていくさまを安心して眺めていられる、そういう映画に仕上がっていた。
 あとは好きだったシーンを列記して終わる。まず25・26話を繰り返していたウォークマン真希波・マリ・イラストリアスのパラシュート降下の衝撃で27話へと移行する演出がうまいなぁと思った。あとシンジの電話がゲンドウに通じなかった理由というのが彼が月面宙域にいたから、ということから6号機へとつなげていくのもうまいな、と思ったし、なによりシンジとゲンドウの関係が不可抗力によるすれ違いであることで、決して見ている人がゲンドウに対して悪感情を抱かないように、あるいはダミーシステム後のエヴァの私的運用にみるシンジの行動などから、シンジ/ゲンドウを世代によって理解できない存在に仕立て上げることを、極力避けるような演出がなされているように思った。その意味で今作から、地球上だけで話が展開しないことも含め、とても開かれた作品になっているのではないのかと思う。あるいはそうすることで、視聴者の目をぐいとひきつけようとしているのではないのかと思った。そしてその狙いは見事に成功しているとも思う。
 さて、ゼーレ/ゲンドウ/真希波/カヲル、そしてシンジとレイの願う、人類補完計画がどのようなビジョンを提示してくれるのか、非常に楽しみである。うーんやっぱり、次回を待て、なんだなぁ。