すべてはゼロから始めるために

小説家志望の雑記です。

北方謙三『擬態』

擬態 (文春文庫)

擬態 (文春文庫)

 檻から出て、毀れていき、毀れきった男の小説。言うまでもなく傑作。


 男がいた。
 男がいる、ではない。いた、だ。
 男の躰のなかでは、なにかが止まっていた。毀れていた。
 その毀れ方は、われわれの倫理や道徳なんかを一顧だにしない、強靭さを持ち合わせながらただただそこにあった。情緒性を徹底的に排した硬質な文体が描くのは、何事にも動じることのない/動じることができない透徹した空虚感だった。
 男は、どんどん毀れていった。自ら進んで、より深く。
 暴力やセックスやカー・アクションに彩られた物語であるにもかかわらず、男の感情が盛り上がることはないし、熱を帯びることもない。やれるだろうことをやる、ということをただただやっているだけだ。そしてそのストイックさが、われわれにとっては非常に危険なものであるにもかかわらず、そしてだからこそ、どうしようもなくかっこいいのだ。
 そういう男が、この『擬態』のなかにはいた。