すべてはゼロから始めるために

小説家志望の雑記です。

『ベンダーの当たりから』

 彼の頭上から軽快なファンファーレが降ってきた。お茶のボトルを取り出すと、彼はかがめていた腰を伸ばした。目前で電光掲示板が「30秒以内ニボタンヲオシテクダサイ」と表示している。「当たったのか」彼はちょっと迷ってゼロカロリーのコーラを選んだ。ラーメン屋を出てすぐ左手にあるこのベンダーを、彼はよく利用していたのだけれど今まで一度も当たったことはなかった。同時に彼は思い出している。こういうとき――最近では結婚式の二次会のビンゴが当たったとき――によく思い出すことがあった。彼は何度となく思い出してきたそれをまた改めて反芻しながら、二本のボトルを助手席に置くと車を発進させた。
 彼は窓を開ける。作付けの終わった青い田園が左右には広がっている。右の窓からまだ少し肌寒い風が吹いてくる。ターボに物を言わせてぐいぐい加速する。シャッフル中のカーオーディオがタイミングよくアジカンの「稲村ヶ崎ジェーン」を流し始めた。彼は考える。本のタイトルは忘れてしまった。作者の名前もそうだ。もちろん出版社にも注意を払っていなかった。ISBNなんか認識すらできなかっただろう。小学校の高学年だと思う。教室の後ろ、掃除用具入れと学級文庫の狭い隙間に体育座りで読んでいる、そういうイメージ。その頃に読んでいた本。そのうちの一冊は結構前に見つけ出すことに成功していた。いまの職場に就職したての頃だ。『たにんどんぶり (わくわくライブラリー)』というタイトルを覚えていたから、案外あっさりと見つかった。もう一冊覚えている本があった。「商店街とかでよくあるガラガラ回すやつで自転車を当てるために、小学生の主人公が統計を取って当てに行く」という内容だった。どうやって調べればいいのかわからなかった。けれどいまなら何とかなるかもしれなかった。そして彼はこうも思っていた。店に着いたらたぶん忘れている。いままでもそうだったのだから、たぶん今日も同じだろう。

 あと十五分で閉店だった。今日は棚のメンテナンスもきちんとできたし、POPも作れた。彼はPCの前にいて検索用ブラウザを閉じていく。何か忘れているような気がしていたけれど台車の移動もモップの移動もブックトラックの移動も終わっている。彼は店内を見て回る。客はもう、ひとりもいない。もうすることはない。彼はバックヤードに入る。何か飲もうと思った。ゼロカロリーのコーラがそっけなく、カバンの横で直立していた。
 気がつくとレジまで走っていた。IEのブラウザを立ち上げると、ツールバーから検索する。
「自転車、と……」彼は「商店街とかでよくあるガラガラ回すやつ」がわからない。
 バイトの人に訊く。
 彼の勢いに気圧されたように「福引……?」
「福引!」と彼はPCに向き直りキーボードを叩く。
 出てこない。「本」を追加しても駄目だった。
 あと覚えている内容は「統計だって」だった。主人公の少年はノートに、毎年どれくらいの人がガラガラを回すと一等が出るのかをデータにしていた。だから「データ」を追加する。
 画面が切り替わる。
 スクロールする。
 Amazonの文字が見える。
 そうして、タイトルが表示される。
 軽快なファンファーレが鳴ったような気がした。

走りぬけて、風 (わくわくライブラリー)

走りぬけて、風 (わくわくライブラリー)