すべてはゼロから始めるために

小説家志望の雑記です。

『ダークナイト』

ダークナイト 特別版 [DVD]

ダークナイト 特別版 [DVD]

 今年2回目。DVDは購入。メイキングはまだ。字幕なし吹き替え。ジョーカー@ひろしはよかったし、なにより字幕より正確な感じで、省略なしでせりふの語尾やそういうニュアンスが伝わってきてよかった。でももっともっとはっちゃけてもよかったのではないのか。ひろしのジョーカーはなんだか抑制された感じがあって/演技している感じがあって、逆にヒース・レジャーの神演技と、ジョーカーの意図をよりわかりやすく浮き彫りにしている。
 で、改めて見て思った/わかったのは、ジョーカーはしつこく「人を駆動するのは恐怖だ」や「世界は混沌としておりコントロールできない」って言っているわりに、映画そのものは伏線という伏線を回収したりウィットに富んだ会話も豊富だったりで、ものすごくコントロールされているし*1、ジョーカーは人々を誘導しまくっているということ。トゥーフェイスになったばかりのデントにナースコスプレのジョーカーが滔々と言い訳しているあたりはなんというか、ああ誘導してる誘導してる、とわかる。
 ジョーカーはデントをトゥーフェイスとなし、そうやってバットマンダークナイトになっていくストーリーになるんだな、と。ノーランは、ジョーカーの存在こそが、バットマンを完成させるに必要なものである、という描き方をしている。なんだろ、そこにはヒーロー=ダークナイトはひどく哀しい存在になってしまう。そういう哀しさがあるからこそおもしろい、ということなんだろうか。でもこういうとまるで普通のヒーローもののように聞こえてしまう。そこはあれか過大評価しすぎなのか。
 あと、あれ、と思ったのがバットモービル・タンブラー*2が爆散する際のせりふが「グッドラック」ではなくて「グッドバイ」だったことで、でも、つくった人/ブルース・ウェインがそう吹き込んだのであれば、自分に対して幸運を祈る/感情を押し付けるのではなくて、さようならと端的に言わせたのかなぁ、と邪推。そう考えると、彼がよりかっこよく見えるというだけなのだけれど……、とひとりで納得してました。

*1:だからこそヒースの演技が生きる。

*2:いまのKASUKAの画像のやつですw