すべてはゼロから始めるために

小説家志望の雑記です。

きみに読んで欲しいゼロ年代のSF小説

 もうブログは書かないと宣言しておきながら、Something Orangeの記事を読んで触発されてしまったので書いている。おれは海外作家はわからないんだけれど、国内の、それも最近のならちょっとはわかるんじゃないのか、リアル・フィクション大好きだしな、と思ってしまったので書いている。

 しょっぱなから飛先生。文庫の表紙も不穏で好きだけれど、この目が痛くなるような青空も好きだ。すごく個人的なことになるのだけれど、大学2年の新歓コンパのときに飛先生から「小説が書きたいならもっと小説を読みなさい」と言われて、鼻にかかって暑苦しいかった自信過剰はあっさりと打ち砕かれた。そうして初めてSFをSFとして意識して読んだ小説です。苛烈な戦闘から一転するラストの、目の前に広がるイメージの鮮烈さは何度読んでも震えます。


太陽の簒奪者 (ハヤカワJA)

太陽の簒奪者 (ハヤカワJA)

 ハードSFの傑作。野尻抱介はにこにこでも有名ですが、この作品は科学的考証の正確さもさることながら、太陽を覆うという異性人の構造物の、スケールのでかさがすごすぎて笑えてくる。そしてのこの構造物が実は……と侵略SFからファースト・コンタクトものとして読めるというのもすごい。この他にも『沈黙のフライバイ』も、科学技術に対する信頼と未来への希望という、SF本来の楽しさが詰まった短編集で、お勧めです。


膚(はだえ)の下〈上〉 (ハヤカワ文庫JA)

膚(はだえ)の下〈上〉 (ハヤカワ文庫JA)

膚の下 (下)

膚の下 (下)

 神林長平火星三部作が完結編。アートルーパーというヒトにつくられしアンドロイドの視点から、ヒトとはなにものであるのか、という問いにまっこう勝負して論理で勝利を収めている。非常にハウ・トゥ・サヴァイヴ自己啓発的な小説でありながら、これが人間が書いたものであると、という事実に戦慄すら覚える小説だ。世界の中心ではなくて世界の果てに連れていかれ、自己をめちゃくちゃに揺さぶられたい方は挑戦してみてください。


マルドゥック・ヴェロシティ〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)

マルドゥック・ヴェロシティ〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)

 冲方丁のマルドゥックの2作目。主人公・ボイルドの魂の失墜を、サイバーパンク甲賀忍法帖の構造とジェイムズ・エルロイの文体でもって描ききった快作。特異な文体は最初は読みにくいかもしれないが、慣れれば文章と脳の中のイメージが直結したような錯覚が感じられて、内容の暗さに反して非常に楽しくなってくる。でもSFっていうかノワールです、ごめんなさい。


時砂の王 (ハヤカワ文庫JA)

時砂の王 (ハヤカワ文庫JA)

 この作品で小川一水の幼年期は終わったのだ!もう2度と会うことのできない女性の記憶を胸に、人類を救うための絶望的な戦いを続ける人工知性体の物語。丁寧な情感と物語のダイナミズムに耽溺すべき、めっぽうおもしろい時間SF。


All You Need Is Kill (集英社スーパーダッシュ文庫)

All You Need Is Kill (集英社スーパーダッシュ文庫)

 時間SFつながりということで桜坂洋のリプレイ侵略SFを。繰り返される戦場の時間が培っていくのは、はからずともリセットをかけ続けられるゲーム・プレイヤーそのものだ。そのストイックさとあいまって、ラストのほろ苦さはなんとも見事。


サマー/タイム/トラベラー (1) (ハヤカワ文庫JA)

サマー/タイム/トラベラー (1) (ハヤカワ文庫JA)

時をかける少女 限定版 [DVD]

時をかける少女 限定版 [DVD]

 上記3つはいわゆるリアル・フィクションの文脈で語りたい作品群で、そこには「ある意味ありふれたSFのテーマを問い直す」っていう要素と、夏!というか青春小説の側面も強くあるのでは、と思っている。この時期の夕暮れに読む/観ると借景ではないけれど、たまらないよ。


Self‐Reference ENGINE (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

Self‐Reference ENGINE (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

虐殺器官 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

虐殺器官 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

 あらためて言うことでもないけれど2007年からこっちSF文壇はこのふたりの話題でもちきりで、すくなくともSF者と自称する人でこの2人の名前を知らなければモグリだと断定できるだろう。でも書いておいてあれだけれど、そんなことは正直どうでもよくて、決して「あー知ってる知ってる」だけで終わって欲しくないのだ。われわれとは別種のリアリズム/観測装置によって構築された終末と、終末にすらやすらぎを見い出すことのできる強靭で脆弱な精神あることを読んで知ってもらいたい。


サウンドトラック

サウンドトラック

シャングリ・ラ

シャングリ・ラ

 最後の2作は、日本版ワイドスクリーン・バロックというかスリップ・ストリームというか。豪華絢爛でありながら軽薄であり、同時にひどくしたたかな作品だ。濃密で圧倒的なキャラクター/描写/物語がただただ小説へと埋没させてくれる。悪戦苦闘してずるずると這いずり回って読み終わったあとには、どうしようもない充足が待っている。「ああ、小説を読んだな!」と叫びたくなるような、作品だ。


 どうにも読むことに対して、挑戦する、格闘する、という感じで選択してしまっている。しかしSFにはセンス・オブ・ワンダーという言葉がある。読み終わった後に、読み始める前の自分とは異なった自分を意識する。ただおれがそれを感じた作品を厳選したということを理解していただければ、というエクスキューズでしめてしまうイエローです。