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すべてはゼロから始めるために

小説家志望の雑記です。

『スカイ・クロラ』

映画 アニメ

 テレビCMは改悪だな。もっといい編集の仕方があるはず。
 だからか、かなりいい意味で予想を裏切られた。
 原作では大嫌いだったはずの冗漫なストーリーがきっちりシェイプアップされていて、わかりにくかった空戦シーンでもきちんとカタルシスがあって、風景描写のおかげできちんと異世界の意匠が見せられて、なんというかちゃんと観られてよかった。あとかなりわかりやすく押井してたのでは。「永遠に続く虚構の中の虚構の中から現実を掴み取ろうとする」という部分で、そう感じた。でもそれもほんのちょっととで「あれこんだけか、もうちょっと肩の力を抜いて観ればよかったかな」と思った。
 声優陣もしっかり馴染んでいてよかった。栗山千明加瀬亮も上手。けどかなり色っぽかったのが「クスミ」。こっちが聴いているのが恥ずかしくなるぐらい動きと声が色っぽかった。
 空戦は森博嗣の文章だとわかりにくかった部分が映像だと震えるほどよかった。けどレシプロ機でコブラってできたのか、いやできるのか、やるなティーチャー。機体のCGっぽさはエースコンバットをやっている人間なら許容範囲です、おそらく。 きれいすぎる空は、「天国だから」とどこかで読んだけれど、でもどっちかっていうと、着陸視点で見る飛行場の光景の方がそれっぽかった。夏の、明度の高い感じが特に。
 あとキャラクターの特徴をきちんと「ビールを飲む」「マッチ棒を折る」「歩く」「煙草を吸う」「車のエンジンをかける」「新聞を畳む」といった動作できちんと時間をさいて描いて、そのリズムの遅さがとても気持ち悪くて、よかった。その気持ち悪さがだんだんと積み重なっていってラストシーンでの拳銃をむけあう場面で、きっちりカタルシスもあった。それがきちんと伏線にもなっているのがよかったなぁ。説明じゃなくて見せている。だって映画だしね。ってこれについて押井守ができてなくてどうするよ、と、こんなこと悦に入ってつっこんでも仕方ないよ、と思わないでもない。でもわかったのだから仕方がない。

 追記(2008/08/05)

  • 設定について。

 流れるニュースとか新聞の見出しとか。キャラ同志の言いまわしとかでわかるのが、欧州と米国に雇われたPMCのウォー・ゲームの一環である、ということ。だって地上戦がないってのがまさにそうじゃないですか。地面の上は民間人が住んでいるわけですし。おれはあれくらいで充分すぎるだろ、とも。むしろ新聞がわざわざ日本語で書いてあるのがあざとすぎるのでは、とも思ってしまいました。

  • 敗北と闘い続けること。

 ラストの戦闘で、「大人には敵わない」というのを感じるのは誤解だ。だから「早く大人になれ」というのも違う。ティーチャーがそう思わせる存在ではあるの確かだが、ここで重要なのは大人/子供という枠組みとは別種の存在として、やはり娘を生んだ「スイト」の存在だ。永遠に続くウォー・ゲームの中で自死を選ばず闘い続けることを選択する。子供とも大人とも違う別種の生き物としての「スイト」。決着をつけるために闘うことを選択した「カンナミ」から、ラスト「スイト」は主人公を引き継いだ。
「きみを待っていた」
 彼女は闘い続けている。その意思は原作よりもなんぼも希望に満ちているように、私には思えました。ゆえに、オープンエンド。ドラマとしては、すばらしいまでの完成度だったと思います。