すべてはゼロから始めるために

小説家志望の雑記です。

桜庭一樹『冬の牡丹』

 直木賞受賞後第一作。ここまで「オール讀物」の購買層に適したモチーフをぼんぼんと放り込んでおきながら、決して媚を売っているようにみせず、実に理に基づいて小説を構築している。短編ということもあって構造がはっきりわかるが、実にテクニカルだ。正直、ここまで書き分けてくるのか、と戦慄した。
 素晴らしい存在感の老人/「オール讀物」読者にして高等遊民の「慎」*1を、三十路の独身派遣社員の物にあふれつつ控えめ美人の「牡丹」*2と比較させつつ、彼女の苦悩をまるで「若者のクノウ」へとあえて読み取られるようにしむけつつ、決してそれ自体を「ごろり」と描くことのない抑制された文体と、ある種の慎ましさがあって、そういう部分にはかなりの好感を持った。
 でも、というか、「牡丹」の苦悩は、なんというか、おれの苦悩とは違っていて、それだけ、なるほどこういう苦悩ってのが「ただ生きている」という大きな物語を消費しているということになるのかな、と思った。それからの脱却を「慎」が応援するというのがなんともまぁ、そうあってくれよ、大人さん方、って感じがして、いやいやなかなかにドリーム小説だった。なるほど確かに桜庭一樹は残酷な視点をもっている。つまりこの作品は反語なのだから。
 にしても……あらためて言うが、こんなに書き分けられるなんて。エネルギーだけで描いた感のある『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない―A Lollypop or A Bullet』に較べて、ええ、ずいぶんとうまくなったなぁ、と。

オール讀物 2008年 03月号 [雑誌]

オール讀物 2008年 03月号 [雑誌]

 ちなみに、この号には直木賞の選評と、桜庭一樹の自伝エッセイと浅田次郎との対談が載っていた。しかし、正直それ以外、おれには読めるところがなかった。や、選評も相変わらず渡辺淳一はぜんっぜん読もうとしてなくてこれはひどい、とは思った。全体的に「過去」に生きているような、特に顕著だったのが「孫と遊んで想うこと」であってなんともはや、おれもいずれはそうなると思うと、ぞっとするね。
 でもまぁ社会に出てみなければ書ける範囲も決定的に狭いままだったろうから、上記みたいな老人にならないようにしつつ、世界をラディカルに観測していかなければならないんだろうな、とせめて若者っぽくしめくくってみる。

*1:襤褸アパートの部屋には岩波文庫で埋まった本棚とちいさなアンティーク机のほかには目立った家具がない、とかかなりふるっているw

*2:まるで購買層の理想の娘だw