すべてはゼロから始めるために

小説家志望の雑記です。

『バッテリー(2007)』

 うはー……すみません、いや謝る意味もわかりませんが普通に感動して泣いてしまいました。
 かつて祖母が営んで、いまはもうない川口屋陶器店の、商店街を疾走するシーンで、ついあまりのうれしさにほろりと(笑)。いや友人の家やよく練習試合に行った小学校が撮影現場になったりしていたのでまさかまさかとドキドキしながら待っていたのですが、まさかあんないいシーンで使われているとは……。あ、でも本当に泣いたのは、ラストの試合で○○が応援しに来るシーン。いやおれは倒れた弟がくるもんだとばっか思っていたので……。いいじゃんたまにはまじめに泣いたってさwww


 ストーリーそのものは、原作を4巻ぐらいで諦めていた*1俺がいうのもなんですが、きれいにまとめられていて、充分2時間で満喫できるものでした。勝負そのものではなく野球を介した「なにか」を描くことに十全に気が配られていて、間のとり方も、うまかった。あと、日の光が、季節に準じた光が、どうにも見たことあるもので、それだけノスタルジーですわ。


 んで、忘れてはならないのは「巧」と「豪」の役者さん。このふたりの、真っ正直な笑顔と、この年代特有の頑なさが見ていて惚れ惚れするね。おれは自分の好きなことに真剣に向き合っているつもりではあるのだけれど、その「つもり」の部分をぴしゃりと指摘されたような気がして、柄にもなく考えさせられた、と言うしかない。あと祖父も、親父さんも、オトムライも、瑞垣も、門脇も見事にキャラが立っていて、あとヒロインも「まぶしいぐらいのうぶげ」を感じさせてくれるような光の当て方でかなりよかった。


 っていうかね、この映画、あらためて考えると非常にテクニカル。伏線とその回収の仕方がきちんとされていて*2、音楽は基本は無音に近いのだけれど、対決や不安を表す時にはちゃんと手に汗握るように使われている。あと、方言。この物語はたぶん標準語でやると非常にプレーンで直球すぎるセリフにいくらでも赤面できるのだろうけれど、方言によってそれがかなり緩和されているんだよね、やわらかく乱暴で妙に親しみ深く、懐かしい。方言にするだけでこんなに色がつくんだなぁ、と。ほかにもいろいろ気がついたことはあるのだけれど、どんどんネタばれになってしまうのでこのへんにしておくとして。ただ言っておきたいのは、こうなるだろうなぁ、という展開の予想をことごとく裏切ってくれて、それが非常に心地良かったということ。そう乱暴に言えば、おもしろかった、のだ。


 すぐれた青春映画は、それすなわちアンチ青春映画である、と言えるだろう。


 ただ、さすがにうちの地元でもあれほど厳しい中学校は、もう残っていないと思いますよ。おれが中学にあがる年に、男子生徒は丸刈りという校則が廃止されましたし。まぁでも……野球部は自主的に丸坊主だったか……。いまはどうなんでしょうかね。高校に教育実習に行ったときは、すでにコンテンツ産業にどっぷりな男の子が多かったのでなかなか楽しかったのですが、運動部に顔を出さなかったのはちょっともったいなかったかなぁ、といまさらながらに思いますね。そうかつての言葉が、いまさらながらに胸に、きます。


 あの年代は、しがらみがないぶん簡単に死ねるだけ、それだけ感情のきらめきは圧倒的だ。


 いまのおれはただただ消費しているだけです。それはいけん。

*1:あさのあつこ先生には感謝してもしきれない恩義があるのですが、『バッテリー』の風景描写はおれにとってすぐそこにあるものをそのまま描いたものでしかなかったのでそれが辛く、いまだ読めておりません。その代わりではありますが『ガールズ・ブルー』は楽しめました。この作品は市が違うので、それだけに地誌的な違いが描写にあって楽しかったのです。

*2:たとえば青波の身体の弱さからつまびらかにされる巧の野球に対する想い、それを普段はうだつのあがらない親父がお袋に病院で語るシーンは親父のいままでのギャップもあいまって、かなりぐっとくる。いや見せ場なので当然なのでしょうが。