すべてはゼロから始めるために

小説家志望の雑記です。

メール

 先日、後輩pepeからこんなメールが届きました。

 残念ながら「ぼくの初恋の不可能性を巡る物語」は、まだ、結末に至ってはいない。
 ある日を境に。迷惑な電子メールたちが毎時間一通の足並みで、ただただぼくの携帯電話に向かって給仕を始めてしまった。その威圧は振動とともにやって来て、純真無垢な受信皿を瞬く間に卑猥にして猥雑な料理で埋め尽くし、また同時に、堪え難い右親指先の痛みを誘発させたのである。それも日々加速していて、頂点を迎えることも失速する様子も見られない。そんなんだったら受信拒否指定すりゃあいいじゃん、という指摘も尤もだけど、しかし、その苦痛の厄介なところは、中央に助けを請うことも、面と向かって殴り合い、泥仕合となること確実の対決もできない、というこれまた厄介なぼくの現状にある。
 彼ら自体を拒絶するのは確かに、それこそ苦もなく簡単にさよならを告げられる。中央に接続し、所定の手続きを行えば十把一からげというものである。確実に彼らを退けることが可能だろうし、名前を変えて再来したとしても、同様の手順を踏めばよいだけだ。どう名前を変えようが、所詮中身は変わらないのだから。
 しかし繰り返そう。ぼくはそういった手段を選択できないし、そしてそれはぼく自身の現状に問題があるからだ。はっきり言おう。その排斥手続きが成立すると、同時に、なぜか、メーリングリストまで姿を消してしまうのだ。いや、そういう可能性があると言ったほうが正確だろう。原理原因理由理屈法則規則、何がどう作用し、あるいは連関して絡まり合い、どういった構造を成したのかは想像に難い。なんにせよ過去に実例がある以上、迂闊に排斥はできないのだ。あなたならお分かりだろう、メーリングリストの重要性を。
 兎に角、そうしてぼくの電子的所番地は自ずから引越すこととなったのだ。どうやらぼくの携帯電話は直接対決を回避したようだ。見てみぬふりをして横道に避け、決着を先延ばしにして逃避行を選択したことになる。
 だけど。いずれケリは付けなければならないだろう。いつまでも逃げ続ける体力は、当然、携帯電話にもぼくにもありはしないのだから。

 彼はこの頃、猛烈に円城塔にハマっています。