すべてはゼロから始めるために

小説家志望の雑記です。

『忘却されし殺戮者たちの物語』

 自分のことを書く、そう思って頭をひねってみても結局いつだって自分のことしか書けないのだから、なにも、深く考える必要もない。
 でも、だからこそ妥協してはいけない。
 人は有限だ。いつか終わる。やれることは限られている。先は決まっている。生きるということはつまりデッドレース。だからぼくは、せめてぼくだけは自分自身で、過信して駆使してそのレースを走り抜けてやる。小説とはその中間報告、ぼくの生きた証。だからぼくは書く。書き続ける。これは宣誓。そして覚悟。いずれ戒め。そうなるべき前文だ。


 まず、一番最近の話をしよう。ラスト/最新の恋愛の話だ。ぼくの、恋愛だ。今(現在、という言葉はこの時点において使用を凍結する。この物語おいてその言葉はふさわしくない。同様にそれは未来や過去にも適応される)は、「大きな物語」が失われたポスト・モダン、多様化といえば聞こえがいいけれど、文化はシマ化と深化が進んで相互に関わることを、すくなくともある程度の人々は拒絶しようとしている。そんな今、それでも最大多数の求人力を持って、ぼくの前に立ち上がってくるのが「恋愛」だ。括弧つきの恋愛がなににも増して価値のある世界で、ぼくはそれでもその「普遍性」でもって読者を獲得し、言葉を彼らの前に提示する。男と女という最大の問題系を、最高にして最後の娯楽としての恋愛を、語る(だってほら、考えてみてくれよ、Beatlesだって歌ってるだろ? らぶみーらぶみーてんだー、ってさ)。
 ――そうこれは、エクスキューズ。何行、何文字も費やしての、エクスキューズ。ぼくはまだ自分のことを、おおっぴらに話すことが恥ずかしい。だからこその、エクスキューズ。大仰で、空虚で、それでいて奔放な、にくめない言葉たち。さぁ彼らを駆使して、ぼくは語ろう。ラストの、恋愛の話を。それに連なる、殺戮者たちの物語を。


1.

 ぼくが先輩を先輩として認識したのは、たぶんあの時――、先輩は確か、切ったばかりのさっぱりした後ろ髪をぼくに向けて、研究室のデスクトップパソコンの、表計算ソフトの画面をいじっていた。
「なんしょんですか?」
 ぼくは訊いた。先輩はぼくと同郷で、といっても地元は南と北で50キロほど離れていて、単に県/プリフェクチャアが一緒なだけなのだけれど、自然と方言が出た、出ていた。
 先輩はポッキーを一本、マウスの横に置かれた箱から器用に片手で取り出して口にくわえると、タイピングに合わせてそれを、上下に振った。つい、つい、とあごの動きに合わせてポッキーがゆれる。
「先輩?」
 少し、声を大きく、ぼくは訊く。すると、ぴくんと細い肩が反応して、ポッキーの動きが止まる。研究室のぼっろちいキャスターつきの椅子の、肘かけを握って、すい、と後ろに下がって、くるりと振り向く。すっと右手が口元に伸びてぶら下がっているポッキーをつまむ。口が、動く。
「どうしたん?」

(つづく)