すべてはゼロから始めるために

小説家志望の雑記です。

『プリン・ガール』②

というわけで浅羽くんに許可と修正をいただいて、『プリン・ガール』の分析をアップさせていただきます。うーんようここまで読み込むわい(笑)。ありがとうでした!\(◎o◎)/

【プリン・ガール】分析   Text by 浅羽優
 この小説は、ペラい。だからこそドライヴ感がある。
 つまり、どういうことかというと、主人公の内言だけで物語が進んでいる。もっというと、語り手の自我肥大によって、世界が内面化されている。過度に内面化された世界には、物語の進行を妨げるものは一切存在しない。例えば――《あたしは 流れにスポンジを差し出して握って開いて握って開いて――スポンジを洗う、色を落とす。スポンジに洗剤をつけてもう一度ごしごしとやる。すぐに泡立って鍋の底は見えなくなる。だからスポンジの先の、つまんだ指先の感覚で、あたしは探す。焦げ付きを、見つけてこすって落とす/落とした。あたしは出しっぱなしの水で泡を流す。焦げ付きも流れていく――。》 ここでは、現実的な作業にともなう具体的な困難さは排除され、すべてが文体の作り出すリズムや、物語が前進することによってもたらされる爽快感に奉仕している。
 彼女の内言で構成された世界に住む彼女は、当然、全能だ。しかし、内言で構築された主人公の「全能性そのもの」の強度は、外からの言葉=彼氏からの電話によって揺らいでしまうほどに、脆弱なものである。彼女は内言=言葉だけの存在だから、それを突き崩すことができるのは、ただ言葉だけである(だからこそ、彼氏は、肉体的な存在を欠き、電話を通して、ただ、言葉を発するだけのキャラクタだった)。
 しかして、彼女は、「彼氏の言葉を遮る」=「内言への介入を断ち切る」ことによって勝利を収める。だが、それはあくまで表面的なレヴェルでのことで、もっと深い部分では、完全な敗北を喫している。その証拠に、彼氏との電話の最中、彼女は何度も、その場で思考の足踏みをしてしまう。脆弱な全能性は、はっきりと壊れてしまったのだ。 そこで、彼女は「食べる」という肉体的な行為を行い(しかも手づかみだ!)、欠落した全能性を埋めようと試みる。もちろん、それら二つは別なレヴェルに存在するものだから、得ることができるのは、一時しのぎの満足感に過ぎない。しかし、この、「内言」から「肉体」へのスライドを、主人公が、単なる逃げではなく、戦術的撤退と捉えているところに、希望が示されている。