すべてはゼロから始めるために

小説家志望の雑記です。

『スーサイド・ヒューマンズ』⑧

 先日、KASUKAは『スーサイド・ヒューマンズ』に関して新たな可能性を得ました。
 KASUKAの目下の悩みは時間的な制約と、長い物語を構成/執筆するのが苦手という能力的な問題と、冗長性を排したシャープな物語が好きだという嗜好の問題から、短編しか書けない人間になっておるのですね。小説を書く際に、その思考に非常に制約され、その制約の中でちまちまと趣向を凝らすのが基本的なスタイルと、この頃の一連の作品を読み直すとそのような傾向があるのではないのかと自己分析をしておるのですが……。
 まぁ当然ですが短編だけではなく長編が書けた方がいいのは、言うまでもないですよね。応募の際にも自分が目指している賞には短編部門はない可能性のほうが高いですし、基本的には長編の賞が多かったようにもKASUKAは記憶しています。もちろん物語が要請してくる長さを無視することはできませんから、それは物語に合った長さ/量を考慮しなければならないのですが、でもたぶんそれはそういう制約のないところで/習作として/プロになってから考えることのようにも思います。書く状況に合わせて、文章を書かなければならないではとも思っています。


 さて、本題に入りますと、先日卒論からの逃避で部室で夜明かしを行っていた時だったのですが、後輩・真島問丸が「先輩〜、あの設定を一回で消費しちゃうのはもったいないですよ」とのことでした。
 今作においてKASUKAは細部の設定をあまり書き込まないことによって残りの部分を読者に想像させるというゆる〜い描写を採用していました。採用方針としては、KASUKAは遺伝子工学についてまったくの素人ですので専門書を紐解くような調査ははなから諦めて、ネットサーフィンで概要を押さえる程度の調査にしたのですがそれでも四苦八苦となっておりました。だからもう詳細な技術的なことには触れまい、と考えました。そして「未来の発展した科学技術と倫理体系」をまず提示し、その枠組みの中で具体的な事象や習俗の描写を行うことで世界の背景を想像させる――という方針で物語を描きました。
 KASUKAはネットを使うことはできますが、ネットが何によってどうのように支えられ、これからの未来、存続していくのかまったくわかりませんし、知らなくてもさして日常を暮らしていくぶんには大きな問題はありません。つまりこういう視点をキャラクターに持ち込んで「そういうものが存在する世界」を提示したのですね。まぁハードSFの方にはおかんむりな方針でしょうが、すみませんKASUKAはこういうガジェットの使い方が好きなんです(笑)
 以上のような見せ方をされた拙作『スーサイド・ヒューマンズ』を真島くんは、読者のひとりとして細部の補完を行ってくれました。彼の中では、やはりどうしても物足りない部分があって、ならそれにまつわる話を書けばいいじゃないですか、ということでした。
 正直KASUKAはもうこの作品は自分の手からは離れていると思っていたので、こういう形で投げたボールが打ち返されてくると、驚いて嬉しくなってついついキャッチしようと身構えてしまいました/考えてしまいました。
 KAUSKAの中で書き足りないことはもう本当になかったのか。
 ありました。
 まだ書いていない部分がありました。
 どうやらまだ、彼らの物語は終わっていなかったようです。
 できるならば近い将来、これは連作短編という形で賞に応募してみたいと、そう思えるようになりました。長編が無理なら短編を重ねて長編となせばいいのだと、ふと気がつきました。いやぁ真島くんには多謝です、マジで(笑)